日航機墜落事故から20年

事件・事故は残念ながら風化してしまう。
昨日、ニュースで「日航機墜落事故から20年経過」という報道がなされていて、僕はその事故を思い出した。恥ずかしながら、僕は日航機墜落事故を忘れてしまっていた。


20年前の今日、日航機が群馬県上野村御巣鷹(おすたか)に墜落した。その事故で520人の方の尊い命が失われてしまった。事故の原因は「ボーイング社の圧力隔壁修理ミス」とされている。しかし、その原因によって生じるはずの急減圧が発生した場合、パイロットは酸素マスクをするそうだが、パイロットは最後まで酸素マスクをしていなかった。その事象から「急減圧」は無かったらしいという説がある。


その事故は、まだ幼かった僕の心に強い衝撃を与えたことをよく覚えている。
特に強い印象を残したのは事故機に搭載されていた「ボイスレコーダ」だ。その「ボイスレコーダ」には機長と管制官のやり取りが克明に録音されている。機体の異常発生から山への激突までの様子が生々しいまでに表現されている。
機長が絶体絶命の状況ながら、必死に何とかしようとしていた。しかし、悲劇的な結末になってしまった。


幼いながらに僕は恐怖を感じた。何だかよく分からなかったけど、とても恐かった。
人の命は簡単に失われてしまうのか。家を出る時、元気に「行ってきます」といった家族が、数時間後にこの世から消え失せてしまう。そのことにとてつもない恐怖を感じたのだ。


今日21時からフジテレビで放送されていた「8・12墜落−20年目の誓い−天国にいるわが子へ」というドキュメンタリードラマを観た。当時9歳の少年が事故機に偶然乗り合わせ、亡くなってしまった。生きていたら「29歳」。僕と大して変わらない歳だ。何か人ごとに思えない。そして、子供を失ってしまった親の気持ちも僕には推測できないほど悲しかっただろう。まさに「一瞬」で命を失ってしまうことへの恐怖を再認識し、幼き僕が感じた恐怖と同じ衝撃を受けた。


事故は風化してしまう。けど、家族を失ってしまった人々の中で、事故はまだ風化していない。
僕も心に刻み付けておこう。
もし事故に遭遇せずに生きていたら、自分と同じくらいの年齢になっている少年がいたことを。
そして、いつ「偶然の事故」で自分の命が失われてしまうかもしれないこの世の中、悔いの無いように精いっぱい自分の人生をまっとうしようと。


最後に、二度とこのような悲惨な事故が起きないことを望みつつ、不幸にも亡くなられた方のご冥福をお祈りします。